ICTの進化は目覚ましい。生活環境が急速に変化している。
「便利」という大義名文の元に、我々の生活領域は変えられている。
穏やかな朝であったのに、突然飛行機が飛び込んでくる。
生活が暗転するだけでなく、人生がそこで終わってしまう。
飛行機が墜ちることを忘れていた。そしてまた、安全が侵されていることを忘れていた。
「自律型人工知能兵器:開発禁止へ署名 研究者ら1万人以上 - 毎日新聞」の記事をクリップした。そこでは、《AI兵器を火薬と核兵器に次ぐ第3の革命と位置付け》ている。
ドローンが、そもそも第一次大戦のころから軍事的な研究がなされていたことを考えれば、AI兵器の登場は当然考えられることである。
さらに、《核兵器のように入手困難な原料なしで大量生産できる》という。同時に、生物化学兵器と合体させることは簡単なことであろう。
「非常に便利=非常に危険」ということを銘記すべきである。
予測と制御この二つが相俟って正しく機能させることができる。
リスク管理を適切にやることの出来る社会倫理の構築が喫緊の課題となったが、
今、”文系見直し”で起きていることは、社会倫理の構築を無視するものではないだろうか。
「坂の上」の「雲」は「クラウド」になった。「坂の上の雲」を志した日本は「異形の国」となった。 インターネットは障壁を超え、あらゆるものを結びつける。 多様性が拡大し、相互依存性は増大する。社会慣行は破壊され、新たな現実が生まれる。中国が貿易額でアメリカを抜いた。物流は変わり、均衡が崩れる。世界はフラットになり、「坂」が消える。人形の「目」は、「青」が「赤」に替る。 「青い鳥」が消えた「地平の向こう」に何を求めるか。 カナリヤは歌を忘れた。日本が忘れたものは何か。「異形の国」日本のゆくえは・・・・。月夜の海に浮かべてみる。
挨拶
ご同輩の、ご訪問、大歓迎いたします。
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」(西行)
徒然なるままに観想を記しています。
2015年7月30日木曜日
2015年7月28日火曜日
技術文明について
「スイスイ郵便配達 スイスで試験開始、山岳地帯で効果」、「ドローンで人命救助訓練」
等の記事を見ると、先端技術が、社会を変える素晴らしさを感じる。
さらに、タンザニア人にとってなぜケータイが必需品になったのか?等の記事を見れば、技術の力、恩恵には異論をはさむ余地はないように見える。
されど、先端技術は、軍事技術として開発されたものである事を忘れてはならない。
それは「変」の時を想定しての産物である。その技術を応用していることを忘れてはならない。
現在民生用に利用されている技術の中には既に昔日の軍事用技術を超えるものは多い。
それが軍事に転用される可能性は否定できないのである。
タンザニアの例ではないが、技術は、未開地の生活を劇的に変えていく。その影響力は先進諸国における比ではない。効果は抜群である。同時にその副作用も大きなものが予想されるのである。
技術移転には、相応の社会制度が必要になる。特にグローバルスタンダードの潮流の中ではそれに適合する仕組み・制度御構築が喫緊の課題となる。そのギャップが大きいほど投資が必要になり、先進諸国の格好の餌食となる。お為ごかしの開発援助のもとに、先進諸国が望むように、そ奥には開発、変装させられる。人々は、次々に流れ込んでくる豊かな生活物資に目を奪われ、生活様式を洋式に変化させ、潮流に適応することを喜ぶ。こうしてその国の文化は、歪められ、擬装されることになる。結果として、先進技術は、便利という名のもとに古来の文化・伝統を侵食・汚染していく。
それが進化であるとアメリカ文明は宣明する。極論であるが構図としてはそのように映る。
ドローンやロボットの導入は、我々の生活を劇的に変化させる。
得るものが多い代わりに、失うものが有る事を忘れてはならない。
我々の社会にはどのような変化をもたらすのであろうか。
等の記事を見ると、先端技術が、社会を変える素晴らしさを感じる。
さらに、タンザニア人にとってなぜケータイが必需品になったのか?等の記事を見れば、技術の力、恩恵には異論をはさむ余地はないように見える。
されど、先端技術は、軍事技術として開発されたものである事を忘れてはならない。
それは「変」の時を想定しての産物である。その技術を応用していることを忘れてはならない。
現在民生用に利用されている技術の中には既に昔日の軍事用技術を超えるものは多い。
それが軍事に転用される可能性は否定できないのである。
タンザニアの例ではないが、技術は、未開地の生活を劇的に変えていく。その影響力は先進諸国における比ではない。効果は抜群である。同時にその副作用も大きなものが予想されるのである。
技術移転には、相応の社会制度が必要になる。特にグローバルスタンダードの潮流の中ではそれに適合する仕組み・制度御構築が喫緊の課題となる。そのギャップが大きいほど投資が必要になり、先進諸国の格好の餌食となる。お為ごかしの開発援助のもとに、先進諸国が望むように、そ奥には開発、変装させられる。人々は、次々に流れ込んでくる豊かな生活物資に目を奪われ、生活様式を洋式に変化させ、潮流に適応することを喜ぶ。こうしてその国の文化は、歪められ、擬装されることになる。結果として、先進技術は、便利という名のもとに古来の文化・伝統を侵食・汚染していく。
それが進化であるとアメリカ文明は宣明する。極論であるが構図としてはそのように映る。
ドローンやロボットの導入は、我々の生活を劇的に変化させる。
得るものが多い代わりに、失うものが有る事を忘れてはならない。
我々の社会にはどのような変化をもたらすのであろうか。
2015年7月27日月曜日
事故が起きて初めて気づく障害
昨日、小型飛行機が住宅地に墜落した。以前から危険性が指摘されていた。
膨張するテリトリー感覚とその傍若無人な実践が招いた惨事である。
沖縄の「基地問題」がすぐに頭に浮かぶ。沖縄では、民間機ではなく、軍用機である、
アメリカニズム・プラグマティズムへの隷属、そこに問題の核心があるように思える。
(参照:「隷属への道 序文」)
基地問題をはじめとし、今領域・領海問題が各所に浮上している。境界に立てられるのが、防御柵であり、防衛基地である。
国(全体)と地方(部分)との関係が深まるにつれ、立場の違い、溝も深くなっていく。
自暴自棄になればハラスメントが起きる。
ハラスメントと言えば、権利意識高揚の反映か、「パタハラ」というのが現れた。
まさに「雨後の筍である。
権利意識の高揚の前に、「対等」「公正」「フェア」ということについて思慮を重ねたい。
2015年7月26日日曜日
鶴見俊輔氏の死を悼む
本当に偶然である。鶴見俊輔氏の名前を、改めて想起したのは、7月7日、手塚治虫の『時計仕掛けのリンゴ』を手にしたことによる。その中の一つ、「ペーター・キュンテルンの記録」の著作者が鶴見俊輔氏であるとの付記を見てである。
機械化する現代社会を想いながら、スタンリー・キューブリックが映画化した『時計仕掛けのオレンジ』というのがあったななど考え、手塚治虫氏に『時計仕掛けのリンゴ』なる作品があることを知った。そして早速手にしたわけである。
機械化する現代社会を想いながら、スタンリー・キューブリックが映画化した『時計仕掛けのオレンジ』というのがあったななど考え、手塚治虫氏に『時計仕掛けのリンゴ』なる作品があることを知った。そして早速手にしたわけである。
その後、吉見俊哉『親米と反米』で「鶴見良行という実践」を読み、親子二代すごいなと思っていた。
訃報を知り、その後の多くの追悼記事の中で、「東大が大っ嫌い」という記事を見て「親子三代」であることを知った。
《東大が嫌い。成績が一番のやつが徹底的に嫌い。哲学者鶴見俊輔さんの信条だ。父は東大出の政治家で、一番に執着した。鶴見さんの見るところ、一番の人間は状況次第で考えをころころ変えて恥とも思わない》には共感する人も多いのではないか。
2015年7月22日水曜日
国際障害者ピアノフェスティバル[7月22日(水)/東京文化会館]
今日は盛夏である。外村さんから誘われ、訪れることにした。

開場0時30分/1時から開会式・審査演奏/4時30分から特別ゲストによる演奏/7時から表彰式・受賞者演奏どのような場が現出され、どのような出会いが生まれるか、楽しみである。

開場0時30分/1時から開会式・審査演奏/4時30分から特別ゲストによる演奏/7時から表彰式・受賞者演奏どのような場が現出され、どのような出会いが生まれるか、楽しみである。
2015年7月21日火曜日
東芝問題を通して日本企業の実態を見える化する
東芝問題が、コミュニティ事業から発覚し、成果主義の企業体質が、特にフクシマ後に起きていること
東電、東芝と東のつく企業に問題が集中する。
いずれも、戦後復興を実現し、高度成長を支えたエクセレントカンパニーであった。
「日米合作の大東亜共栄圏構想の綻びか?」と想ったのは、『親米と反米』を読んだせいかもしれない。
事業の選択・運営に於いて、本末転倒が起きている?起きるほどに疲弊していると言えるのかもしれない。
日本の企業・企業体質についてこちらに纏めた。今後を見守ることにしたい。
2015年7月19日日曜日
今朝、思ったこと
「読売新聞」の社説に、「『ゆう活』推進効率的に働いて残業を減らそう」というタイトルを見て思った。
「ゆう活」と「効率的」という言葉の併記に違和感を感じた。
私の中では、「ゆう活」という言葉からは、夕餉のひと時を家族と過ごす、ゆったりとしたイメージが浮かんだ。そこには、効率的に時間を消費するイメージはない。
「効率的に時間を過ごす」ということが、“今、ここにある”「豊かさ」を排除していると感じたからだ。
その中に「朝型勤務を広め、ずるずると長引きがちな夜間の残業を減らす」とあるように、生産性の高い時間をいかにして仕事に割り当てるか、そのための方策である。
生産性・効率重視の考え方に問題はないのだろうか。
生活の大半を、労働に費やし、労を癒す時間がなくなっている、とは言えないだろうか。
「ゆう活」という表現を目にした時、シニアの活性化、あるいは社会参画促進かと思った。
なぜなら、毎日新聞に、「人生は夕方から楽しくなる」という特集がある。その中の「夕」と結びついたからである。
「女性の社会参画」が喧伝されている程には、「シニアの社会参画」は求められていない。
なぜだろうか。
鍵は「効率的」という観念にあるように思える。その分母は、時間である。
また「能率的」という言葉もある。今日では、「能率」も「効率」も同じような意味合いで使用されている。「能率的」という言葉が、「時間」に絡め取られて、「時間」を分母にしてしまったように思える。
「時熟」という言葉がある。ハイデガーの用語らしい。難しいことは分らない。
感じ取れることは、人を分母に「時が実るを待つ」ということではないだろうか。
「ゆう活」と「効率的」という言葉の併記に違和感を感じた。
私の中では、「ゆう活」という言葉からは、夕餉のひと時を家族と過ごす、ゆったりとしたイメージが浮かんだ。そこには、効率的に時間を消費するイメージはない。
「効率的に時間を過ごす」ということが、“今、ここにある”「豊かさ」を排除していると感じたからだ。
その中に「朝型勤務を広め、ずるずると長引きがちな夜間の残業を減らす」とあるように、生産性の高い時間をいかにして仕事に割り当てるか、そのための方策である。
生産性・効率重視の考え方に問題はないのだろうか。
生活の大半を、労働に費やし、労を癒す時間がなくなっている、とは言えないだろうか。
「ゆう活」という表現を目にした時、シニアの活性化、あるいは社会参画促進かと思った。
なぜなら、毎日新聞に、「人生は夕方から楽しくなる」という特集がある。その中の「夕」と結びついたからである。
「女性の社会参画」が喧伝されている程には、「シニアの社会参画」は求められていない。
なぜだろうか。
鍵は「効率的」という観念にあるように思える。その分母は、時間である。
また「能率的」という言葉もある。今日では、「能率」も「効率」も同じような意味合いで使用されている。「能率的」という言葉が、「時間」に絡め取られて、「時間」を分母にしてしまったように思える。
「時熟」という言葉がある。ハイデガーの用語らしい。難しいことは分らない。
感じ取れることは、人を分母に「時が実るを待つ」ということではないだろうか。
2015年7月17日金曜日
やっと、追いついてきた
今、「見える化」について、思案中である。
SSBCの立ち上げに、参与し、ここまで、多くの人たちと活動を共にした。
漸く、形になり始めた。
これまでの活動を要約するだけの経験を経たように思える。
活動の具体的なことは、
ブログ「SSBCスマートシニア・ビジネス・倶楽部」で詳細を伝えている。
このブログでは、それらの活動を、主観的かつ客観的に観照する。
こうして、3カ月ぶりに投稿できるのも、LCCマップがほぼ完成したことによる。
現在、利用可能なブログは、次のものである。
これらを活用し、バランスの取れた、情報を発信しながら、コミュニティを拡大したいと願っている。
そう考えながら、「慰安婦問題」など、韓国との間にある障壁を克服するには、「基地」「償い」ということについて、思考停止してはならないと思った。
そこで、「基地」について、思いを巡らし、「幹(みき)」にたどり着いた。そして、「みき」の由来は、「身木」ではないかと思い、辞書を引いたら、国語辞典にその用に書いてあった。感動であった。
SSBCの立ち上げに、参与し、ここまで、多くの人たちと活動を共にした。
漸く、形になり始めた。
これまでの活動を要約するだけの経験を経たように思える。
活動の具体的なことは、
ブログ「SSBCスマートシニア・ビジネス・倶楽部」で詳細を伝えている。
このブログでは、それらの活動を、主観的かつ客観的に観照する。
こうして、3カ月ぶりに投稿できるのも、LCCマップがほぼ完成したことによる。
現在、利用可能なブログは、次のものである。
これらを活用し、バランスの取れた、情報を発信しながら、コミュニティを拡大したいと願っている。
そう考えながら、「慰安婦問題」など、韓国との間にある障壁を克服するには、「基地」「償い」ということについて、思考停止してはならないと思った。
そこで、「基地」について、思いを巡らし、「幹(みき)」にたどり着いた。そして、「みき」の由来は、「身木」ではないかと思い、辞書を引いたら、国語辞典にその用に書いてあった。感動であった。
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