大道寺友山著『武道初心集』に「貪欲の病には勝ち難し」という項がある。
そこの「聚斂の臣」が登場する。すぐに思ったことは「新国立競技場」に群がる「聚斂の臣」のことであった。これが日本を預かる政財界の人々の姿である。真面とは思えない。
しかし、ご本人たちは至って真面目に取り組んでいるらしい。
という事は、常識が逸脱しているのだろうか。真面な金銭感覚を持った人はいるのだろうか。
いや、反対に「金で済むことなら」と、どんどんと空手形を出してしまったのではないだろうか。
ビジネス・ライクに、大事を進める機構そのものに、今回の杜撰を生んだ原因があるように感じられるのだが?「おもてなし」を招致の前面に押し出し、優美な日本の心で誘った。
しかし、実態は、金塗れである。何故、ザハが選ばれたのか、そこでデザイン予算は検討されなかったのかすら明確でない。サッカー界も「ブラッター会長が辞任する」ことになった。賄賂が発覚したのである。
これまでの経緯をまとめ、パンデミックに広がる「貪欲という汚染」の仕組みを明らかにしてみよう。
このページは、その都度更新で、実態を明らかにし、実体に迫りたい。
予想される帰結は、バブルを期待する我々一人一人の欲望に原因があるという事だ。
新国立競技場、「ザハ」なぜ選ばれた 審査激論の中身 2014/7/1 7:00を筆頭に、関連記事をこちらに収載した。その標語を、整理してみるとこのようになる。
我々が「貪欲の病」を患うことなく、また「聚斂の臣」が生まれるのを防ぐために、何をしなければならないか、「問題を整理ししてみると、次の8点にまとめられた。
我々が「貪欲の病」を患うことなく、また「聚斂の臣」が生まれるのを防ぐために、何をしなければならないか、「問題を整理ししてみると、次の8点にまとめられた。
- 「ザハ」なぜ選ばれた
- 金銭感覚はこれでいいのか
- 煽ったのは誰だ?
- 世間の常識は冷めている
- 原子力村と同じ体制・精神構造?
- 宴の後で何が起きるか
- 集団的無責任体制
- 常識の格差(断絶)
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