第一次近代化は帝国主義によって進められた。しかし日本が帝国主義国に一員となったのは日米通商条約が締結され不平等条約が改正された明治44(1911)年であった。西欧列強並みになることが「雲」であったが、独立国として雲の中での彷徨が始まったのである。「坂の上の雲」は植民地化が進むアジアの中で独立を勝ち取ろうとする新生日本が「脱亜入欧」を掲げ、臥薪嘗胆で努力する姿を描いている。
帝国主義は人種的偏見によって大義を創り出し、維持される。
「坂の上の雲」で、グリッペンベルグ大将が満州へ赴くとき、「彼はペテルブルグでの送別会の席で、<私は全ヨーロッパのためにゆく>とさえいったほどに人種的優越感が強く、白人がアジア人に負けるなどというようなことはヨーロッパ全体が受ける痛烈な侮辱と考えるべきだ、とまで言った」(p481)人種的偏見が当然の如く存在したことが示されている。しかしこの弁は、「アジアの解放のために」と太平洋戦争を戦った日本の姿を彷彿とさせるものでもある。
さらに、
「アメリカのこの時期のむごさは、例えば相手が日本でなく、ヨーロッパのどこかの白人国であったとすれば、その外交政略はたとえ同じでも、嗜虐的なにおいだけはなかったに違いない。文明社会に頭をもたげてきた黄色人種たちの小面憎さというものは、白人国家の側から見なければわからないものであるに違いない」
「一九四五年八月六日、広島に原爆が投下された。もし日本と同じ条件の国がヨーロッパにあったとして、そして原爆投下がアメリカの戦略にとって必要であったとしてもなお、ヨーロッパの白人国家の都市に落とすことはためらわれたであろう。国家間における人種問題的課題は、平時ではさほどに露出しない。しかし戦時というぎりぎりの政治心理の場になると、アジアに対してならやってもいいのではないかという、そういう自制力がゆるむということにおいて顔を出している」(p494)
と人種的偏見が戦争を過酷なものにしたという。
さらに、
「アメリカのこの時期のむごさは、例えば相手が日本でなく、ヨーロッパのどこかの白人国であったとすれば、その外交政略はたとえ同じでも、嗜虐的なにおいだけはなかったに違いない。文明社会に頭をもたげてきた黄色人種たちの小面憎さというものは、白人国家の側から見なければわからないものであるに違いない」
「一九四五年八月六日、広島に原爆が投下された。もし日本と同じ条件の国がヨーロッパにあったとして、そして原爆投下がアメリカの戦略にとって必要であったとしてもなお、ヨーロッパの白人国家の都市に落とすことはためらわれたであろう。国家間における人種問題的課題は、平時ではさほどに露出しない。しかし戦時というぎりぎりの政治心理の場になると、アジアに対してならやってもいいのではないかという、そういう自制力がゆるむということにおいて顔を出している」(p494)
と人種的偏見が戦争を過酷なものにしたという。
人種的偏見が存在したこと、そして、それを克服することの必要性が司馬遼太郎が伝えたいことの一つであろう。
そのために、二度の世界大戦を要したのであったが、本当に、取り除かれているのであろうか?
そのために、二度の世界大戦を要したのであったが、本当に、取り除かれているのであろうか?