挨拶

ご同輩の、ご訪問、大歓迎いたします。
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」(西行)
徒然なるままに観想を記しています。

2015年9月12日土曜日

「東日本集中豪雨」が明けた

「東日本集中豪雨」がやっとあけた。
今回、「線状降水帯」という新しい用語を知るとともに、「自然の脅威」と「社会の脆弱性」を思い知らされた。
異常気象で新しい用語が次々と溢れ出てくる。しかし、それを理解し、正しく対応で来るか、適応の問題が浮き彫りにされた。「決壊することはない」と想われた一級河川の堤防が決壊した。
次々と新しいことを企画することに忙しく、計画通りに事が進んでいないのである。
実態を伴わない成長は必ず破綻するのだ。
多くの問題は、産物の中に組み込まれたままである。
そうした問題はいつか必ず露顕するのである。
現在、こうして溢れ出てきているものの中で最も急激なものが「難民」だ。
現時点の集計結果は次の通りだ。
(1)欧州に中東やアフリカから難民や移民が押し寄せている問題は国連も乗り出し国際的な課題となっています。あなたは日本政府がどのように対応すべきだと考えますか
   A.全面的に受け入れるべきだ                 12.7%
   B.難民申請の中身を精査して一部を受け入れるべきだ 51.2%

(2)日本にも難民申請が中東やアジアから来ていますが、実際の認定は極めて少なく、昨年では5000人の申請者に対し11人でした。日本は今後、難民政策をどのようにすべきだと考えますか
   A.門戸を広げるべきだ 51.5%
   B.現状のままでいい  31.4%
「大道すたれて仁義あり」という。「やさしい心」を取り戻したい。

2015年9月11日金曜日

異常気象で、質される常識!!

質問なるほドリ:特別警報 どんな時に?=回答・山本将克 - 毎日新聞」は、
我々の常識を変化させなければならないことを警告する。
昨日、茨城県で洪水が発生した。今朝は、宮城県で川が氾濫している。
「五〇年に一度」とか、これまでの常識では対応できないものである。
その様子はこちらにクリップした。
我が家の近隣でも、避難情報が出された。
「何時非難するか」皆で相談したという。
避難情報をどう判断するか、また情報の種類とその対応について、正しく理解することが求められている。想定外のことが起きているので、想定外を想定し、非日常を常識として生きることが求められている。

2015年9月10日木曜日

「難民」再考

9月4日、『露大統領、移民危機は「欧州の中東政策の結果」』と伝えた。その要旨は次のものだ。
  • プーチン大統領は、欧州の中東・北アフリカ政策について「地域の歴史的、宗教的、国民的、文化的な特徴を無視した彼ら(欧州)の基準の押し付けだ」と厳しく批判した。
  • さらにプーチン大統領は「これはもともと米国のやり方だ」と述べ、「米国の命令に盲従している」と欧州を非難した。
  • また、米国のメディアが欧州に到着した移民たちについて偽善的な報道をしていると非難し、「一部の米国メディアが、欧州が移民に残酷すぎると批判しているのを見て、私は仰天している」と語った。
これで、籍を切ったように、欧州諸国の「難民」に対する姿勢が鮮明になってきた。
  • 難民問題に臨んでメルケル首相が行なった歴史的決断
    「モラルと倫理の政治」は、ドイツと英仏間の格差を歴然とさせた
    2015年9月5日の早朝、独首相のアンゲラ・メルケルは、隣国オーストリアとともに、ハンガリーで足止めを食っていたシリアやアフガニスタンなどからの難民を入国させる方針を発表した
欧州各国の対応が大きく異なるのである。「『モラルと倫理の政治』は、ドイツと英仏間の格差を歴然とさせた」という。ニュージーランドやオーストラリアなども受け入れを表明した。
これまで最も移民や難民の受け入れに寛容であったアメリカは及び腰だという。
『難民について その3』では、各国の反応をまとめ、日本の立ち位置を確認する。
そして『難民について その4』で、今、我々が為すべきことをまとめたい。

2015年9月6日日曜日

急増する難民は他人ごとではない

もう一つの欧州危機、年60万人の難民」、また「世界の難民・避難民6千万人 積極的平和主義の安倍政権 受け入れ貢献度は世界100位以下」だという。
《2011年の「アラブの春」を引き金に、国家が破綻(リビア、シリア)したり、混乱(エジプト、チュニジアなど)したりして、国境管理が利かない状況になった。》ことを引き金に、欧州に押し寄せる難民の数は、「年60万人」に達するという。欧州統合の理念である「通行の自由」は難民によって強奪されようとしている。
《日本は、ヨーロッパの難民問題を遠い国の出来事と捉えずに、先進各国とともに手を差し伸べ、国際社会における責任を果たすべきではないだろうか》と問われている。

2015年9月2日水曜日

なぜ有名メディアの買収劇が起こっているのか

なぜ有名メディアの買収劇が起こっているのか」は、「メディア」がITに絡め取られていくことを暗示する。
《ニュースの変化の全体像を見て、私たちと「ニュース」の関係にどんな影響が及ぼうとしているのかを考える。》
「スマホがニュースの受け取り方を変えた」。
《2000年に約5370万部だった新聞発行部数は、14年には4536万部に落ち込んでいる》。
「日経のFT買収劇」に象徴されるように、
《ニュースを配信する側の新聞社や雑誌社でも大きな動きが相次いでいる》。 
《17年には電子版の売上高が紙を上回ると予想されるほど、電子版の普及は進んでいる。日経の目的は、FTというブランドに加え、このノウハウの獲得だったという見方もある。》
ウェブサービスの世界では「利用者100万人が一つの試金石」とされている。

《米国には、アップルやグーグル、フェイスブックといった巨大なITプラットフォーマー(運営事業者)が存在しているが、これら企業のニュースへの取り組みも注目しておく必要がある。》のだ。
メディアの今後の動向の鍵を握るのは、ITプラットフォーマーだ。先進技術が、メディアの姿を変える。ITを批判する力は弱くなれば、深刻化する『脳内汚染』を削減する力は働きにくい。
しかも用語として、米語が主流となり、流通量・適用範囲共に拡大する。相対的に、日本語の流通量・適用範囲は限定されていく。
メディアと日本・日本人の将来についてまとめてみた。

2015年8月18日火曜日

待つこと 『暴走老人!』を読んで

高度情報社会は、少子高齢化社会で、成長力が低下し、高福祉低負担の社会保障制度を維持することが難しく、想定外の低福祉・高負担の社会環境の下に生活することになった。

現役時代に描いていた老後と現役を離れた実際の老後のギャップに老人は戸惑っていると『暴走老人!』はいう。社会環境の変化は急で、「500年の変化が50年で押しよせた」といわれるほどなのだ。

「時間」「空間」「感情」

それに伴い、「時間」「空間」および「感情」秩序も急激に変化している。
その変化が受容できる閾値を超えたとき、暴走老人が顕れた。
暴走する社会が生み出すのは、「暴走老人」だけではない。暴走する若者も生み出している。

暴走する社会は、適応不能と共に過剰適応の問題を生じさせる。
社会空間、社会時間、社会感情によって、人は秩序化され、育成されている。
暴走老人の出現は、「目に見えない制度やルールによって新たな秩序が構築されている」ことを示唆する。

バーチャル秩序である。バーチャル秩序は明文化されない。暗黙知なのである。
それは透明性をクリアした、公明正大なものとして、市民権を得て、社会基盤の中に組み込まれていく。
『暴走老人!』は一つの例を挙げる。
ジョージ・リッツアは『マグロナルド化する社会』(早稲田大学出版部)で、ファストフード店が社会にもたらしたさまざまな変化について、次のように述べている。
ハンバーガーを求めて一列に並んでいる客たちやドライブスルーのラインに並んで待っている客たち、そして食品を作っている従業員たちがしばしば感じているのは、自分自身が作業ラインの一部になっているという感覚である。(中略)
こうした気持ちが強いと、自分の前で財布を覗きながら一向に支払いを終えようとしない高齢者などがいた場合、苛立ちのもとになりかねない。その高齢者をラインを乱す出来の悪い部品のように感じる人がいても不思議ではないだろう。(中略)
だがそうした場面では、私たちは他者に思いやりのある理解者としてではなく、時として敵対者となる。一番の問題はここにある。スムーズな流れが支障をきたすとき、多くの客がラインを動かす立場をとり、ラインそのものと化して、不揃いの部品を排斥するような情動を覚え、行動する。しかも無意識のうちに。
顧客と店の協業によって成り立つシステム。
顧客も店も社会システムを構成する要素なのだ。

「待つ」という事

生活が「待つ」から「待たされる」へシフトし、「待つこと」を意識し始めた二〇世紀は、「待つこと」を無駄として排除し、「待つことの出来ない人間」を創り出した。

待つことは、身体に訊くことにであり、体調を整える、体勢準備期間である。
身の回り、感情を整えるための期間なのである。その期間に、微妙な器官・機関・基幹調整が行われ、体勢が整えられるのだ。それは空間秩序・感情秩序を整えるための、非常に大切な時間なのである。
生命は、本来全体最適を志向する。「待つこと」によって、人はいろいろなことに気づくのである。その気づきが配慮として、奏効するのである。「期待」は、期(機)が熟すことを待つことにある、その期間が長ければ、期待も高まるのである。「待つこと」ができない人の期待は小さいものにならざるを得ない。「大志」を養育することはできないのである。
効率性・利便性を追求する社会は、社会的時間によって規制され、個人の身体的時間が無視される処に問題が生じる。

待つことができなくなった人は、心の余裕(豊かさ)を失った。
立ち止まって考えることもしない。思考停止状態、思考する時間を失っていることに気づかない。
認知症(認知障害・適応障害)が増加するのも当然の成り行きである。
国内外を問わず、多種多様な難民が増加しているのも社会革新の帰結である。

2015年7月30日木曜日

空飛ぶロボット、ドローンは、新たな脅威か

ICTの進化は目覚ましい。生活環境が急速に変化している。
「便利」という大義名文の元に、我々の生活領域は変えられている。
穏やかな朝であったのに、突然飛行機が飛び込んでくる。
生活が暗転するだけでなく、人生がそこで終わってしまう。
飛行機が墜ちることを忘れていた。そしてまた、安全が侵されていることを忘れていた。
「自律型人工知能兵器:開発禁止へ署名 研究者ら1万人以上 - 毎日新聞」の記事をクリップした。そこでは、《AI兵器を火薬と核兵器に次ぐ第3の革命と位置付け》ている。
ドローンが、そもそも第一次大戦のころから軍事的な研究がなされていたことを考えれば、AI兵器の登場は当然考えられることである。
さらに、《核兵器のように入手困難な原料なしで大量生産できる》という。同時に、生物化学兵器と合体させることは簡単なことであろう。
「非常に便利=非常に危険」ということを銘記すべきである。
予測と制御この二つが相俟って正しく機能させることができる。
リスク管理を適切にやることの出来る社会倫理の構築が喫緊の課題となったが、
今、”文系見直し”で起きていることは、社会倫理の構築を無視するものではないだろうか。