挨拶

ご同輩の、ご訪問、大歓迎いたします。
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」(西行)
徒然なるままに観想を記しています。

2014年3月6日木曜日

NHK出版編集長を免職 校正業務の架空発注

続くNHKの不祥事
これは、まだ腐敗の一部か? 腐敗は、「鉄の結束」をも腐敗させた。
抑止力がないゆえに、汚職、腐敗が蔓延るのであるが、その腐敗が、隠すこともできないほどに進んで、外に漏れ始めたに過ぎないのか。節操がなくなった。
甘い汁を吸っていた者同士の仲間割れか?
彼らは今囚人のジレンマに陥っている。
黙っていることはできないのだ。

中村正直という人

その人生を一言で言えば、維新、開国、文明開化という時期に「Self-Help」を日本語に訳した。そのために天がこのように出現させた人物。そうとしか私には思えないのである。」(『明治の人物誌』より)
まさに、「自助」を生きた人であったと感服する。

2014年3月5日水曜日

ヒラメを増やす新会長

経営委員に辞表を提出させた新会長はNHKの体質強化を図ったのか?
牛耳ろうとしたことは確かである。公共放送の器でないことは私でも判る。
「日本の聖域」NHKを糾弾した。
メディアに関して素人の会長人事、暴走する経営委員、さらには上ばかり見て仕事する「ヒラメ社員」など問題が指摘された。これら三つに見事に関連するのが今回の新会長の言動である。彼は〈公人〉にはあらず。
ついに、週刊朝日は《NHK籾井会長の就任会見発言は「放送法違反」》と叫ぶ。

何かとしくまれた世の中だ

何かとしくまれた世の中だ」との宮内義彦氏のブログが取り上げられている。
その一部は次のようなものである。何か、違和感を感じる。

実は、この「バレンタインデーにチョコレートを贈る」という習慣を根づかせたのは日本のチョコレート屋さんだということです。今は第一線から退いていますが、とても前向きなビジネスマンで、大変な商才を持っていた方だと感じました。日本のチョコレートの売り上げの大きな部分がバレンタインデーを核としているということで、このような「しかけ」づくりは業界にとって大成功だといえましょう。やはり消費者がこの「しかけ」に乗って楽しい思いをするということが受け入れられたのでしょう。不思議なのはこれが海外ではほとんど知られていないことで、国際化には至っていません。

しかし、少し話が飛躍するかもしれませんが、人生そのものが「しかけられたもの」になることほど背筋を寒くするものはありません。私の世代でももう昔話になってしまっていますが、国中が戦争に突っ走ってしまった感のある太平洋戦争。今思うと国民全体が特定の方向に引っ張られてしまったように思います。これも長い時間をかけて政治が一方向へ動き出し、軍部の後押し、メディアが一致して国民の世論をつくりあげるなかで、どこかでpoint of no returnを越え、一気呵成(かせい)に走り出してしまったのです。こんな「しかけ」には要注意です。


「第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」を読んで

第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」は、次のように言う。


  • 今年は1914年の第一次世界大戦勃発からちょうど100年にあたる。
  • 日本はこの時に今でも中国がその日を国恥記念日とする対華21カ条要求を突きつけ、また終戦の講和会議では世界五大国の一つとして世界の平和秩序に対する責任ある地位を委ねられた。
  • 「日露戦争後には多くの列強の士官らが勉強しにきた日本の世界最高水準だった戦争の技術も、航空機や戦車、潜水艦などの新兵器の登場によって一気に陳腐化してしまったのもまた第一次世界大戦なのである。」


2014年3月3日月曜日

「歌を忘れたカナリア」は、西条八十の作詞になる。
作詞は、次のようなものである。

唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす
(「唄を忘れたカナリヤ」西條八十「砂金」より) 
異形にされた日本人は、「棄てる」、「埋ける」、「ぶつ」のいずれかを必要とするのか、それとも「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」で再生できるのか、そうであるなら、「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」とは何か
装備、技術、環境ということか?

2014年3月2日日曜日

ブログの再スタート

デザインを改定する
3年たつとやはり古い

今、昨年の大河ドラマ「坂の上の雲」が再放送されている。相変わらずの人気である。秋山好古、真之の兄弟、それに正岡子規をモデルにし、明治から昭和にかけて近代化を進める日本の物語に、われわれ視聴者は何を見ているのであろうか。 東京オリンピック後、新幹線が開通し、万博が開催された昭和45年に物語は完成する。日本が高度経済成長の急坂を上り始めたときである。 司馬遼太郎はその急坂の向こうの雲に何を見たのか、そして何を我々に伝えたかったのであろうか。 明治から敗戦までの時期を第一次近代化、その後、1995年までの50年を第二次近代化、そしてこれから始まろうとしている近代化を第三次近代化と呼ぶならば、 谷沢永一著「一冊でわかる「坂の上の雲」」によって、司馬遼太郎が伝えたかったこと(第一次近代化の実態)を理解し、寺島実郎著「われら戦後世代の「坂の上の雲」 ある団塊人の思考の軌跡」によって、戦後歩んだ道(第二次近代化の実態)を知り、「失われた10年」に続く第3次近代化の雲の実相を識別し、その中で彷徨する現代に明るい晴れ間を見出したい。