「その人生を一言で言えば、維新、開国、文明開化という時期に「Self-Help」を日本語に訳した。そのために天がこのように出現させた人物。そうとしか私には思えないのである。」(『明治の人物誌』より)
まさに、「自助」を生きた人であったと感服する。
「坂の上」の「雲」は「クラウド」になった。「坂の上の雲」を志した日本は「異形の国」となった。 インターネットは障壁を超え、あらゆるものを結びつける。 多様性が拡大し、相互依存性は増大する。社会慣行は破壊され、新たな現実が生まれる。中国が貿易額でアメリカを抜いた。物流は変わり、均衡が崩れる。世界はフラットになり、「坂」が消える。人形の「目」は、「青」が「赤」に替る。 「青い鳥」が消えた「地平の向こう」に何を求めるか。 カナリヤは歌を忘れた。日本が忘れたものは何か。「異形の国」日本のゆくえは・・・・。月夜の海に浮かべてみる。
挨拶
ご同輩の、ご訪問、大歓迎いたします。
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」(西行)
徒然なるままに観想を記しています。
2014年3月6日木曜日
2014年3月5日水曜日
ヒラメを増やす新会長
経営委員に辞表を提出させた新会長はNHKの体質強化を図ったのか?
牛耳ろうとしたことは確かである。公共放送の器でないことは私でも判る。
「日本の聖域」はNHKを糾弾した。
メディアに関して素人の会長人事、暴走する経営委員、さらには上ばかり見て仕事する「ヒラメ社員」など問題が指摘された。これら三つに見事に関連するのが今回の新会長の言動である。彼は〈公人〉にはあらず。
ついに、週刊朝日は《NHK籾井会長の就任会見発言は「放送法違反」》と叫ぶ。
牛耳ろうとしたことは確かである。公共放送の器でないことは私でも判る。
「日本の聖域」はNHKを糾弾した。
メディアに関して素人の会長人事、暴走する経営委員、さらには上ばかり見て仕事する「ヒラメ社員」など問題が指摘された。これら三つに見事に関連するのが今回の新会長の言動である。彼は〈公人〉にはあらず。
ついに、週刊朝日は《NHK籾井会長の就任会見発言は「放送法違反」》と叫ぶ。
何かとしくまれた世の中だ
「何かとしくまれた世の中だ」との宮内義彦氏のブログが取り上げられている。
その一部は次のようなものである。何か、違和感を感じる。
実は、この「バレンタインデーにチョコレートを贈る」という習慣を根づかせたのは日本のチョコレート屋さんだということです。今は第一線から退いていますが、とても前向きなビジネスマンで、大変な商才を持っていた方だと感じました。日本のチョコレートの売り上げの大きな部分がバレンタインデーを核としているということで、このような「しかけ」づくりは業界にとって大成功だといえましょう。やはり消費者がこの「しかけ」に乗って楽しい思いをするということが受け入れられたのでしょう。不思議なのはこれが海外ではほとんど知られていないことで、国際化には至っていません。
しかし、少し話が飛躍するかもしれませんが、人生そのものが「しかけられたもの」になることほど背筋を寒くするものはありません。私の世代でももう昔話になってしまっていますが、国中が戦争に突っ走ってしまった感のある太平洋戦争。今思うと国民全体が特定の方向に引っ張られてしまったように思います。これも長い時間をかけて政治が一方向へ動き出し、軍部の後押し、メディアが一致して国民の世論をつくりあげるなかで、どこかでpoint of no returnを越え、一気呵成(かせい)に走り出してしまったのです。こんな「しかけ」には要注意です。
その一部は次のようなものである。何か、違和感を感じる。
実は、この「バレンタインデーにチョコレートを贈る」という習慣を根づかせたのは日本のチョコレート屋さんだということです。今は第一線から退いていますが、とても前向きなビジネスマンで、大変な商才を持っていた方だと感じました。日本のチョコレートの売り上げの大きな部分がバレンタインデーを核としているということで、このような「しかけ」づくりは業界にとって大成功だといえましょう。やはり消費者がこの「しかけ」に乗って楽しい思いをするということが受け入れられたのでしょう。不思議なのはこれが海外ではほとんど知られていないことで、国際化には至っていません。
しかし、少し話が飛躍するかもしれませんが、人生そのものが「しかけられたもの」になることほど背筋を寒くするものはありません。私の世代でももう昔話になってしまっていますが、国中が戦争に突っ走ってしまった感のある太平洋戦争。今思うと国民全体が特定の方向に引っ張られてしまったように思います。これも長い時間をかけて政治が一方向へ動き出し、軍部の後押し、メディアが一致して国民の世論をつくりあげるなかで、どこかでpoint of no returnを越え、一気呵成(かせい)に走り出してしまったのです。こんな「しかけ」には要注意です。
「第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」を読んで
「第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」は、次のように言う。
- 今年は1914年の第一次世界大戦勃発からちょうど100年にあたる。
- 日本はこの時に今でも中国がその日を国恥記念日とする対華21カ条要求を突きつけ、また終戦の講和会議では世界五大国の一つとして世界の平和秩序に対する責任ある地位を委ねられた。
- 「日露戦争後には多くの列強の士官らが勉強しにきた日本の世界最高水準だった戦争の技術も、航空機や戦車、潜水艦などの新兵器の登場によって一気に陳腐化してしまったのもまた第一次世界大戦なのである。」
2014年3月3日月曜日
「歌を忘れたカナリア」は、西条八十の作詞になる。
作詞は、次のようなものである。
唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう
唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ
唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう
唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす
(「唄を忘れたカナリヤ」西條八十「砂金」より)
異形にされた日本人は、「棄てる」、「埋ける」、「ぶつ」のいずれかを必要とするのか、それとも「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」で再生できるのか、そうであるなら、「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」とは何か
装備、技術、環境ということか?
2014年3月2日日曜日
ブログの再スタート
デザインを改定する
3年たつとやはり古い
坂の上のクラウドは坂を平らかにした
上昇志向、方向性をどう育成するか、フラット化した世界で新たな課題が生まれる。
平等が良いのは、差別があるからで、差別がなくなったとき、人の行動はどう変わるのか
走っても走っても先にゴールがある。
ゴールとスタートが同じ時点であり、スタートしなくてもゴールに辿り着いており、いつまで(どこまででないところをあじわうこと)行ってもゴールにたどり着けない。時間が無限に続く世界と同じである。
現在と過去が同じ、未来も現在も同じ、つまり進化のない世界、ブラックホールになる。
2010年12月20日に記していた
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