挨拶

ご同輩の、ご訪問、大歓迎いたします。
「なにごとのおわしますかは知らねどもかたじけなさに涙こぼるる」(西行)
徒然なるままに観想を記しています。

2014年3月5日水曜日

何かとしくまれた世の中だ

何かとしくまれた世の中だ」との宮内義彦氏のブログが取り上げられている。
その一部は次のようなものである。何か、違和感を感じる。

実は、この「バレンタインデーにチョコレートを贈る」という習慣を根づかせたのは日本のチョコレート屋さんだということです。今は第一線から退いていますが、とても前向きなビジネスマンで、大変な商才を持っていた方だと感じました。日本のチョコレートの売り上げの大きな部分がバレンタインデーを核としているということで、このような「しかけ」づくりは業界にとって大成功だといえましょう。やはり消費者がこの「しかけ」に乗って楽しい思いをするということが受け入れられたのでしょう。不思議なのはこれが海外ではほとんど知られていないことで、国際化には至っていません。

しかし、少し話が飛躍するかもしれませんが、人生そのものが「しかけられたもの」になることほど背筋を寒くするものはありません。私の世代でももう昔話になってしまっていますが、国中が戦争に突っ走ってしまった感のある太平洋戦争。今思うと国民全体が特定の方向に引っ張られてしまったように思います。これも長い時間をかけて政治が一方向へ動き出し、軍部の後押し、メディアが一致して国民の世論をつくりあげるなかで、どこかでpoint of no returnを越え、一気呵成(かせい)に走り出してしまったのです。こんな「しかけ」には要注意です。


「第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」を読んで

第一次大戦から100年 司馬遼太郎の呪縛」は、次のように言う。


  • 今年は1914年の第一次世界大戦勃発からちょうど100年にあたる。
  • 日本はこの時に今でも中国がその日を国恥記念日とする対華21カ条要求を突きつけ、また終戦の講和会議では世界五大国の一つとして世界の平和秩序に対する責任ある地位を委ねられた。
  • 「日露戦争後には多くの列強の士官らが勉強しにきた日本の世界最高水準だった戦争の技術も、航空機や戦車、潜水艦などの新兵器の登場によって一気に陳腐化してしまったのもまた第一次世界大戦なのである。」


2014年3月3日月曜日

「歌を忘れたカナリア」は、西条八十の作詞になる。
作詞は、次のようなものである。

唄を忘れた金糸雀(かなりや)は
後の山に棄てましよか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
背戸の小藪に埋(い)けましょか
いえいえ それはなりませぬ

唄を忘れた金糸雀は
柳の鞭でぶちましよか
いえいえ それはかわいそう

唄を忘れた金糸雀は
象牙(ぞうげ)の船に銀の櫂(かい)
月夜の海に浮べれば
忘れた唄をおもいだす
(「唄を忘れたカナリヤ」西條八十「砂金」より) 
異形にされた日本人は、「棄てる」、「埋ける」、「ぶつ」のいずれかを必要とするのか、それとも「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」で再生できるのか、そうであるなら、「象牙の船」「銀の櫂」「月夜の海」とは何か
装備、技術、環境ということか?

2014年3月2日日曜日

ブログの再スタート

デザインを改定する
3年たつとやはり古い

今、昨年の大河ドラマ「坂の上の雲」が再放送されている。相変わらずの人気である。秋山好古、真之の兄弟、それに正岡子規をモデルにし、明治から昭和にかけて近代化を進める日本の物語に、われわれ視聴者は何を見ているのであろうか。 東京オリンピック後、新幹線が開通し、万博が開催された昭和45年に物語は完成する。日本が高度経済成長の急坂を上り始めたときである。 司馬遼太郎はその急坂の向こうの雲に何を見たのか、そして何を我々に伝えたかったのであろうか。 明治から敗戦までの時期を第一次近代化、その後、1995年までの50年を第二次近代化、そしてこれから始まろうとしている近代化を第三次近代化と呼ぶならば、 谷沢永一著「一冊でわかる「坂の上の雲」」によって、司馬遼太郎が伝えたかったこと(第一次近代化の実態)を理解し、寺島実郎著「われら戦後世代の「坂の上の雲」 ある団塊人の思考の軌跡」によって、戦後歩んだ道(第二次近代化の実態)を知り、「失われた10年」に続く第3次近代化の雲の実相を識別し、その中で彷徨する現代に明るい晴れ間を見出したい。

坂の上のクラウドは坂を平らかにした


上昇志向、方向性をどう育成するか、フラット化した世界で新たな課題が生まれる。
平等が良いのは、差別があるからで、差別がなくなったとき、人の行動はどう変わるのか
走っても走っても先にゴールがある。
ゴールとスタートが同じ時点であり、スタートしなくてもゴールに辿り着いており、いつまで(どこまででないところをあじわうこと)行ってもゴールにたどり着けない。時間が無限に続く世界と同じである。
現在と過去が同じ、未来も現在も同じ、つまり進化のない世界、ブラックホールになる。
                                  2010年12月20日に記していた

幻のオリンピック

                                 2010年12月20日に記していた

1940年、東京で開かれることになっていたオリンピックは

反対運動のきっかけは、昭和12年7月7日の盧溝橋事件――日本軍と中国軍の間で起きた衝突事件――が起きたこと、その翌年には中国との間の戦争が長期化する見通しが強まったことによる。


アジア歴史資料センター
2010年12月20日に記していた
今、昨年の大河ドラマ「坂の上の雲」が再放送されている。相変わらずの人気である。
秋山好古、真之の兄弟、それに正岡子規をモデルにし、明治から昭和にかけて近代化を進める日本の物語に、われわれ視聴者はこのドラマに何を見ているのであろうか。

「Always3丁目の夕日」は空前のロングセラーとなり国民的コミックとなった。
ここに共通するものは何なのだろうか?

以前、「清く貧しく美しく」と題する燈台守の生活を描いた感動的なドラマがあったことを思い出す。
誠実な生き方に感動した時代があった。今の人たちはこの物語をどう受け止めるのであろう。

村上春樹の「1Q84」は世界的に爆発的な人気だ。「スウェーデンの森」も映画化され、評判も高いようである。インターナショナルな文学が生まれたのだろうか。

一方、国内で好まれ、人気のある「坂の上の雲」は英語のタイトルさえ、不明確であるという。
この物語は、日本人受けするだけの物語か。
物語が完成したのは、昭和45年である。東京オリンピック後、新幹線が通り、万博が開催され、日本が高度経済成長の急坂を上り始めた時であった。
司馬遼太郎がその急坂の向こうに見える雲に何を見て、そして何を我々に伝えたかったのであろうか。
明治から敗戦までの時期を第一次近代化、その後の50年、1995年までの近代化を第二次近代化、そしてこれから始まろうとしている近代化を第三次近代化と呼ぶならば、日本は、第一次も、第二次も敗戦で終えた。第一次は軍事力、第二次は金融力で、そして新たに始まった近代化は、情報力あるいは知力による競争であると言われる。
この第三次近代化を勝利し、勝者の歴史を記すには、日本はどう戦うべきか、その知恵を見つけたいと願う。

谷沢永一著「」を参照し、司馬遼太郎が伝えたかったことを理解し、
寺島実郎著「われら戦後世代の「坂の上の雲」 ある団塊人の思考の軌跡」を参照し、戦後歩んだ道を知り、「失われた10年」に続く第3次近代化の雲の中で彷徨する現代に明るい晴れ間を見出したい


「坂の上の雲」で司馬遼太郎が言いたかったことは日本人には感動的なドラマであっても、国際的には評価の低いものなのであろうか。
評価が低くなる原因は、次のように、いろいろ考えられる。
もともと価値がない。
価値を表現できていない。
価値が複雑高度で理解不能である。
価値を計る基準が違う。

捨象するのではなく、価値が判るようになるまで保存することが必要であろう。

どうしようもなく美しいもの、純粋無垢の価値、汚すべきものではないものの保存はどう考えていくのか
まさに源泉の発露である

意固地
依怙地

素人と玄人
玄人とは、歴史的な積み重ねの中で洗練された技術を身につけた人
素人の誠実さ、無垢
素人が短兵急に玄人となろうとすると偽装が起こる
飾り始める 複雑化させる 長期化させる 重々しくする 貫禄
時代のより論理的になることを求めている
型、殻を作って安住しようとする
変化を同じように受け、対応する、公平な視界